僕、外食大好きです。（第８４回−外人御用達の店(3) −）

（嶮暮帰）

　外人御用達の店シリーズのしめくくりにとびきり美味しいインド料理の店を紹介しよう。僕はインド料理に関しては比較的早いうちから食べている方だと思う。最初に食べたのは今から３０年ほど前の高校生の頃で、新宿の高野のワールドスナック（レストラン？）というところだった。ここではインドの料理人がタンドール料理を出しており、それまでの日本風のライスカレーとも西洋風のカレーとも違う、スパイシーなインド料理の味に瞠目した。そして、大学を卒業した頃は当時九段にあったアジャンタで南インド料理の味にはまり、その後インド料理屋がしのぎを削っている六本木に仕事場を構えてからはインド料理はますます身近なものになった。

　が、しかしここしばらくインド料理には御無沙汰していた。理由は簡単で、後味が悪かったからだ。食べてしばらくは何ともないのだが、時間を置くと胃が凭れたり、嫌なげっぷが出る。多分僕と同じような人は沢山いると思う。ところが、ここ嶮暮帰は全く違う。後味は極めて爽やかだ。だから、僕はインド料理はここでしか食べず、又、食べる頻度も多くなった。

　インド料理は欧米人にも人気がある。そんなことから、今回の外人御用達に関し、体験に基づいたイメージを持っている人もいるかと思うが、残念ながらここ嶮暮帰（ケンボッケ）に関してはそのイメージは全く当てはまらない。そこには、外人番の地球の歩き方みたいな旅行者や、安さだけを求めて来るような外人客は全くいない。時として日本人は１組だけとなってしまうこの店を占める外人客の殆どはホーマットやタワーズに住んでいるようなイメージの客だ。西麻布にあるこの店はその内装もいままでのインド料理屋とは全く異なる。１０卓もない小振り店にはガラス越しに見えるタンドールの土釜以外はインドを連想させる要素は一切なく、インテリアはシンプル且つモダンであり、壁に掛かる平山郁夫などの趣味のいい絵がここが並の店でないことを直感させる。

　インドの高級ホテルにいたインド人シェフが一人で作る料理は素材を厳選し、しかもリッチなこくのある申し分のないものだ。それは、ここのナンを食べてみればよくわかる。タンドールで焼くナンは質素なパンと思われているが、ここのナンの何とリッチなことか。粉を厳選した上に卵を混ぜ込んだここのナンは生地自体が艶やかな黄色みを帯び、しっとりと仕上がりとにかく美味しい。インド料理屋ではナンに飽き足らない場合はバトゥーラという揚げパンやレーズンを焼き込んだカシミールナンをオーダーすることもあるが、ここのプレーンなナンにはそれらを凌ぐ表現力がある。

　そして、タンドール料理。これ又素材を厳選したタンドールチキンがしっとりとしか食感で美味しいのは勿論だが、感心するのは海老とマトン。天ぷらやエビフライといった選択肢を持っている日本人にとってはインド料理の海老には、海老もありますよといった彩り的な地位しかないかも知れないが、ここのタンドールで焼いた海老にはそのような偏見を吹き飛ばす美味さがある。そして、角切りにして焼かれるマトンは中までしっかりとスパイシーなマリーネ液が染み込み口を飽きさせない。ちなみに僕は殆どの場合このマトンをオーダーする。

　さて、カレー。地方毎のインド料理にとって、どんなカレーが本道をいくものかは僕にはよく分からないが、少なくとも丁寧に炒めて引き出された野菜の甘味と、各種のスパイスの絶妙な組み合わせにこそ醍醐味があると思う。だから、僕はインド料理のカレーにはペースト状に炒められた野菜の固形分も要求し、スパイスの香りも立っていなくては満足しない。水っぽいカレーや香りがとんだカレーは遠慮したい。一般的にはカレーは何日間も煮たり寝かせたりしたものがよいと思われているが、インド料理のカレーにはそういった要素はなく、勿論タマネギは時間をかけて丁寧に炒められるが、スパイスを入れてからはそれほど時間をかけない。で、ここのカレーは十分先ほどの醍醐味を感じさせてくれる。香りがよいことは勿論、味もとてもリッチだ。そのリッチさは、カレーはご飯にかけるルーみたいなものとの固定概念を超えて、西洋料理のシチューのような一品料理の領域に足を踏み入れている。例えば、ここのマトンマサラや、クリームとのコンビネーションがたまらない味を出しているマイルドなバターチキンはカレーというよりは限りなく一品料理に近い。多分、ここを支えている多くの欧米人の客はここのカレーを彼らの母国のシチューのような一品料理として楽しんでいるのではないかと思う。

　この店は既成のグルメガイドにはあまり登場しないが、一押しのインド料理屋として、インド料理にあまり馴染みのない人は勿論、今まで色々な店に行ってた人にもお薦めしたい。センスがよくこじんまりしたおしゃれな店なので、デートにも最適だ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　

「インディアンレストラン嶮暮帰（ケンボッキ）」　港区西麻布４−１１−２８　電話３４９８−７０８０　本文に書き忘れたが、チャツネやレモン汁だけで味を調えるインディアンサラダ、それにヨーグルトベースのサラダのライタも忘れないように。西麻布といっても、いつも車がうまっている外苑西通り側でなく、高速下の六本木通り沿いなので（交差点を越えて渋谷に向かって少し進んだ左側）、路上駐車は殆どの場合可能だ（駐車違反は別として・・・）

(初稿２０００年２月）

☆本文中のデータは全て２０００年当時のもので、評価もその当時のもので現在は変わってますのでご注意下さい。嶮暮帰には今でも通っており、わが家の一番のお気に入りのインド料理屋。