イタリアのナポリを海沿いに更に南下すると、世界遺産にも認定されたアマルフィー海岸沿いのリゾートが待ち受けている。前にエメラルド色に輝く海路、後に崖の上の陸路をもつアマルフィーとポジターノはその中の代表的な町だ。
車好きな僕たちは子連れのこともあり、旅行に行っても可能な限り自分たちで車を調達して夫婦交代で運転する。ただ、今回のアマルフィーでは車は無し。当たり前のことでも、僕たちにとってはとても不便。
滞在しているアマルフィーからポジターノに遊びに行こうということになったが、何せ足がない。船で行こうと僕が言い出し、行き当たりばったりに町の船着場に行ったが、ちょうど前の船が出航したばかり。しょうがない、それではタクシーだということになったが一抹の不安もある。もともと、今回車を選ばなかった理由は南イタリアでの治安の悪さを聞いていたからで、ふりでタクシーに乗っても大丈夫かしらと妻は言う。
とりあえず、タクシーがたむろしている場所に行くと、その中の１台に旧々型のベンツがあった。車愛好家の中ではＷ１２４と呼ばれているこのベンツは既に次々世代のＷ２１１に移行していたが、最後の過剰品質ベンチといわれている堅牢性もあいまってイタリアではまだまだ巾をきかせていた。ご多分にもれずＷ１２４が大好きな僕はさきほどの不安も忘れ、無意識にそのタクシーに歩み寄っていた。
リージェント頭の無愛想なドライバーに片言の単語を並べて料金を確認し、そのタクシーに乗り込む。年式が古いとはいえ精度の高い硬質な機械を思わせるＷ１２４は、入り組んだアマルフィーの町を滑るように脱出し、崖の上の道に乗り出し、快調なエンジン音と共に順調にスピードを上げて行く。堅牢な外殻と万全のシートが与えるこの車の心地よさは何ものにも代えがたい。この頃のベンツは小振りで室内はさほど広くはないが、ルーミーで着座位置も高いので開放感が高く、車窓の風景もひときは楽しい。
行程も半ばに差しかかった頃、今まで押し黙っていたドライバーが突然英語で話しかけてくる。えっ、英語できるんだ。
「英語、しゃべってるけど、どこから来たの？」
「今の仕事の前はニューヨークでイエローキャブのドライバーやってたんだ。」
めちゃくちゃな追い越しもしないし、道理で運転がまともなわけだ。
「何で、ここに来たの？」
「お袋が死んで、こっちに戻ってきたのさ。」
片言の英語でもコミュニケーションがとれることは嬉しい。ドライブは俄然楽しさを増し、結局その日はそのままそのタクシーをチャーターすることにした。
帰り際にドライバーが渡してくれたカードには、ベンツのイラストとＢＥＮＺ ＴＡＸＩの文字が誇らしげに刷り込まれていた。この楽園にはいつ戻ってくることができるんだろうとの思いと共に、そのカードは僕のバックの中に今でも保管されている。
☆これは、２００２年１１月当時のできごとをもとに書かれています。ポジターノでは砂浜沿いのChez Blackという店でピザとパスタのランチをとりました。オフシーズンにもかかわらずに多くの客で活気に溢れ、味もいけました。尚、僕たちがサンタカテリナというホテルに泊まっていることを聞いたドライバーは、ここら辺ではここが一番だから見ていくといいと言ってサンピエトロというホテルに案内してくれました。ここは日本にいるときに候補に挙がっていたのですが、ネットでは冬期休業に入っていたので諦めていたホテルです。何故か未だ営業しており、その旨レセプションに質問してみると、「予定は頻繁にかわるから、次回は諦めないで先ず電話で確認して下さい。」とのことでした。
